質を気にしてたらアウトプットなんて出来ない

ごきげんよう。トウマです。

アラサーとして一段と日々を生産的に過ごしたいなという、まだまだ若者らしい悩みを抱えています。

ゲーム実況をしてみたり、Twitterをやってみたり、こうしてブログを書いてみたり、、、

何かしら発信をすることで(大袈裟で厨二的ですが)自分の人生の意味を見出したいと感じています。

特にブログは自分の体験や思考など何でも残せるので簡単に毎日発信できるかと思っていました。

それでも中々できなかったと。

その理由が1つ思い浮かびました。

僕のプライドが高すぎる。

プライドが高い→質を気にする→1歩も進まない

僕は子供の頃からプライドが高かったように思います。

大学留年までは挫折をした覚えもありません。

勉強も立ち居振る舞いも見た目(子供の頃は)も割と褒められて生きてきたからでしょうか。

その結果、他人から少しでも悪い評価を受けることが怖くて仕方がなくなってしまいました。

それが「ブログを書く」ことに当てはめた場合、質を求めなければならないという強迫観念に変わったようです。

「文章の構成がおかしいと思われたらどうしよう」
「日本語がめちゃくちゃだと思われたらどうしよう」
「何が言いたいかわからないとか思われたらどうしよう」
「「主張のエビデンスは?」とか問い詰められたらどうしよう」
「頭が悪いと思われたらどうしよう」

そんなことを考えてしまい全くブログが書けない時が過ぎていきました、、、

ブログを書くという目的の達成→自己肯定感

昨日やっとブログを書きました。

記事自体は昨日のスキマ時間を使って2時間くらいで書けました。

ブログを書きたいということはここ3ヶ月くらい常々思ってはいたのです。

読んでいただければ分かるかと思いますが文章もめちゃくちゃです。

それでも書き終わった僕は割と満足して清々しい気持ちでした。

そもそも僕は何かしら発信がしたかったのです。

何かしらアウトプットがしたかったのです。

そんな鬱屈して溜まっていたものが解消できてめちゃめちゃ気分が良くなりました。

また、ブログを書くというほんの小さな目標達成という結果が自己肯定感に繋がっているようにも感じます。

あとから修正すれば良いという人生

文章はめちゃくちゃです。

構成も人を惹きつけるようなものではありません。

画像もまだ一切なく文字ばかりで読みづらいです。

でもこれらは後から修正すれば良いと思っています。

ブログ記事は1度投稿したらそれで終わりではありません。

いつでも何度でも修正することができるのです。

「今は質より量的な考えでとにかく書くんだ」という考えで書くことに抵抗感を無くせればい良いなと思っています。

量をこなし経験値を積めば自然と書くレベルも上がってくるでしょう。

そうしてレベルが上がった時にふと振り返って修正すべきところを修正すれば良いかと。

これってなんだか人生そのものにも似ているなと感じます。

とにかくまずやってみる。

走りながら間違いに気づいたら修正していく。

そうしてレベルも自己肯定感も上げていく。

そこにプライドはとりあえず必要ないかなというのが今回の結論です。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
また他の記事や動画でもよろしくお願いします。
ということで、お疲れ様でございました。
(下書き時点の文字数:1372文字 記事執筆時間:1時間)

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